| 天本俊正の「主張」です。平成20年現在、特に政治活動はありませんが、ある奨学会機関紙に意見を随筆の形で載せていますので参考までに紹介します。そのあとは、平成15年段階の収録ものです。 目次
新1.「民族倍増計画・・・」(百華寄稿;平成23年12月)
1.「子沢山・若返りの国土を」子沢山(百華寄稿:平成21年11月)
2.「”70歳徴兵制”の勧め」(百華寄稿:平成15年11月)
3.「母なき国は暗し」(百華寄稿:平成20年11月)母なき
4.プロジェクトする想い;国土計画はもういらないのか(百華寄稿:平成22年12月)国土
5.平成15年以前の「主張」の目録
新1.「民族倍増計画」(百華寄稿;平成23年12月)
「産めよ殖やせよ」で多子若齢化社会を=日本民族倍増計画
(平成23年百華寄稿)
天本俊正
東京大学経済学部
昭和40年3月卒業
((株)天本俊正・地域計画21事務所)
1.はじめに
東日本大震災と原発被災は、国民にショックを与えた。自然の猛威の前に人類という生物もいかにも脆い。人類、数百万年、文明数万年の積み上げも、一瞬の大津波によって多くの人命が飲み込まれ、アインシュタイン以来の科学の成果の原発も見直しをせまられる。それでも人間は、自然の猛威に対抗する手段を、シジフォスの石のように積み上げなおしていくのだろう。
自然の猛威にもまして恐ろしいのは、人類の思想そのものだ。戦争は数千万人の命を奪い、出生率の低下は、「日本民族が今世紀に半減、来世紀に絶滅」の恐れをまねく。思想戦争を日本民族は戦い続けていけるか?
2.日本民族の衰退を許さない
国土計画は、国の将来ビジョンをさぐり基盤整備の方向を定める。国土交通省は、2050年にむけて国土の長期展望作業を行っている。筆者も若い頃、旧国土庁に勤務し、全国総合開発計画の策定に参加したので、今もフォローをしている。人口推測は、2004年をピークに減少とする。国土計画において人口減は不変変数なのか?疑問である。可変変数であり政策の対象で十分、ありうる。
この20年、わが国のGNPは、減りこそすれ伸びが見られない。「失われた10年、20年」といわれる。盛り返す成長路線が、唱えられ、ビジョンが語られ、悲憤慷慨の維新の英雄が語られる。むなしい。わが国の出生数が年々激減し、再生産が不可能になっているのを国民上げて是正していこう、という主張は少しも見られない。せいぜい子ども手当、出産費用、共稼ぎの苦労に公的扶助を、といったものしかない。それが焼け石に水以上を出ず、むしろ逆効果の策でしかない。
なぜこうなっているのか?社会全体の思想からしてあまりに誤った方向に向かいすぎていて、率直な意見が押しつぶされている。西洋の国々、新興の工業国に共通している。「裸の王様」の逸話ではないが、単純に子孫を残していく、殖やしていく、素直な気持ちが日常生活から不当に排除されている。そこの復活を考えるべきなのだろう。人々が、普通の幸せな生活をとりもどすことよりも、経済成長の数字を追う、国の面子を追う、にとらわれすぎている。
3.社会思想が民族繁栄をきめる
アメリカの右翼政治家・パトリック・ブキャナンは、「出産を嫌悪するフェミニズムの跋扈は、西洋の死、白人種の自殺」という。西洋社会・キリスト教社会での出生率減少は、女性が子どもを産むより社会に出て働くほうを選ぶ、その風潮が、主たる原因だとしている。フェミニズムの運動は、この動きを扇動している。政治経済・軍事では、マルクス主義、社会主義は世界的な敗退を喫したが、文化・芸術、思想の分野では、その分派・フランクフルト学派の戦前からの流れが、アメリカ社会に根深く幅広く根つき、無政府社会的、行き過ぎた個人主義を助長した、とする。
筆者は、ブキャナンの見方に賛同するが、しかし、現実、アメリカは移民の国の伝統から人口は増加しつつあり、やがて3億人の大台にたどり着く。世界は、アフリカ、イスラムの社会で人口増を支えており、人類としては100億人の大台までの増加が予想されている。韓国、台湾、シンガポールなどの急進・新興工業国は、まったく欧州型、日本型の人口減傾向に陥っている。中国は、一人っ子政策をどう、考えるか、戸惑うが、この10年すぎればわが国以上の高齢化問題が必至だろう。インドは、遠からず世界一の人口大国になる。
科学が発展し技術が伸びて、産業が栄えるからいいというわけではない。人口減、民族衰退の見られる社会は、いかに文化水準が高そうに見えても真に国民が幸福とはいえまい。科学・技術・産業と生活の基礎となる社会思想とが、うまくマッチしない限り、その民族は栄えることにはならないだろうし、構成員たる国民の心からの幸福感というのは得られまい。先鋭的にいえば、行過ぎた個人主義、快楽主義、不当な男女同等思想、無政府主義といった思想は、それがどう文化的仮装をしていようと望ましくない。国民国家として社会からこれを排除する政策、すくなくとも一般国民の生活から遠ざける政策を模索すべきと考える。政治の課題であり、抵抗なく国民が飲み込みやすく噛み砕くことができれば行政の任務にもなる。
4.家族が社会基盤;フェミニズムののろい
第2次世界大戦・大東亜戦争のあと、戦勝国アメリカにも敗戦国日本にも猛烈なベービーブームがやってきた。この現象をどう理解するのか。ウンカや飛蝗のようにある自然条件が整えば、大繁殖もありえるといえば人類を冒涜することになろうが、そういうことも、ありえるといいが、・・・・。
わが国は、敗戦によって戦前の民法の体系を放棄させられた。家長・家督制度の廃止が、今日、わが国の家族基盤の崩壊の主因ともいわれる。なにも戦争の結果でわが国の歴史・伝統に基礎をおく社会制度をやすやすと捨てさることはなかった。昭和27年、独立を取り戻すとともに生活のあり方も、いいところはどんどん復古させればよかった、わが国の伝統のお見合いも、男女の社会的な役割分担も、日本民族の肌合いにあった制度に復帰すれば、平成の御世に家族崩壊、結婚忌避、出産率低下も防げたであろう。
戦後の高度経済成長を戦前と同じ家族制度で乗り切れたどうか、は正直、疑問ではある。農業中心から工業、情報と産業の中心が変わってきたのを可能にしたのは、教育や会社組織などの発展とともに家族の構成のあり方、家族束縛からの解放も寄与した面もあろう。したがって全面的に戦前の日本の家制度にもどれとはいわないが、今のわが国の出生率の低下傾向を見れば、思想復古の方向を考えてみるべきだろう。男女共同参画法などの悪法は、一日も早く廃止すべきである(出生率4.0を目標に180度政策転換すれば別だが・・)。男女雇用均等法も行き過ぎた部分を切り捨てるべきだろう。なによりも、今や時代遅れとなったフェミニズム思想を社会的に葬り去ることを国民が自覚しなければならない。
家族は、近代国家が、国民を管理する単位として作り出したという面もあるいは一部あるかもしれないが、やはり人類始まって以来の社会の基礎単位に間違いはなかろう。出生率を向上させ、子孫繁栄を秩序だって確保していくには、日本国民が、自分の体の一部、生命ある組織として、「家族」をいとおしんで、守り育てていくことが必要であろう。ジェンダーフリーで社会破壊を声高に叫ぶ思慮浅い勢力を跋扈させてはならない。
5.過剰福祉はアヘン的病魔
人は何故、生きているのか。それはわからない。物理学の最先端、ひも理論は、この世は10次元というが、それでも人の生きる意味は、わかるまい。生物の一種として神より生命を与えられている。子孫を引き継いでいくのが一人一人の使命であろう。ところが最近のわが国の風潮は、社会主義的思想、制度の蔓延である。一番大きなのは、国家による過剰福祉である。
まるで人は「国家」によって生活を与えられているのではないか、そう思え、というほど、年金、医療、生活保護などに社会主義的制度の蔓延している。毎年40兆円にもなる赤字国債の発行に連なっている。人は、国家によって、子どもを産むことから老後の生活まで面倒を見てもらえる、と錯覚しかねない、昨今のわが国の社会保障制度の膨張である。そんな世の中で若者が健全な家族を構成する意欲を失うのは、むしろ当然というべきである。
逆だ。国民が自分で自分の生活を作り、子孫をつくり、その上で、地域社会をつくり、仕事を作っていく。国家は、これを円滑に進めるために人々が統治体として作るもの。すくなくとも近代国家とは、そうあるべき。社会保障の内容を再検討し、自立する国民による構成を前提に、これを大幅に削減すべきである。今や毎年100兆円にも達する社会保障費は、一部やむをえないものを除き、全廃すべきである。福祉亡国論ということになろうが、赤字国債による際限のない福祉膨張は、アヘン的病魔に国民全体、社会が犯されているというべきだ。このような社会で、子孫が生まれるわけがない。
6.税制・労働法を出生率向上にあわせる
わが国の出生率の危機的低下は、女性の就労が正しく考えられていないことに主因がある。男性が、国を守り生産の主力を担い、女性は子孫を産み生活の基礎を支えることが、主任務である。男女の差は、種族を維持していくに必要だ。社会は、男女ともに、協力で作っていく。政治的権利、教育・科学の権利など男女は平等である。自由社会では、自分の意思で、社会の中で、男女とも自分の役割を探していくのは当然である。しかし、一般的には男女の役割は違っている。
これにあわせた労働体制が、社会的に作られるのは当然である。会社の給与体系も家族給を標準とし、一家の長が、真面目に働けば、妻は出産・育児に原則として専念できる、そういう給与体系を社会として推奨していくべきである。女性が、出産・育児適齢期に就労から一定程度、身を引くのは当然である。昨今、むやみやたらと男女同等の権利としての就職条件、勤労条件にこだわりすぎるのはどうか、と思う。高等教育の場で女性が、男性と違った条件、例えば出産育児も考慮した長い就学期間の設定、成績の評価も違った扱いがあってもいい。
知人のF氏いわく「天本さんのいうことも尤もだが、自分の娘に学校辞めて子どもを生めといえますか?」そうではない。子どもを産んで学校にも行く、男子就職のために作られた大学でなく、女子が子どもをたくさん産みながら学校に行けるシステムを社会として作り上げていかねばならない、ということだと思う。
家族基盤が国家の基礎となれば、税金も家族給給与を前提にして、扶養手当、配偶者控除等を厚く見るべき。相続税は原則、廃止すべき。一般消費税は、経済の価格体系を壊すだけで福祉税など偽りの仮面だ。
いろいろな制度で女性の出産責務を尊重していくことはいくらでも実現できることである。日本民族の伝統と歴史、習俗・慣習を尊重して、しかも世界的な指導国家になることを目標にする政党が、育っていき、政権をとることができ、国民運動がこれを支えるなら難しいことではない。世界で政府、政党が、国民に働きかけている例としては、アメリカ保守勢力の堕胎反対、韓国政府が民放にオフィスレディ美化番組の自粛を要請しているなど、ある。
万葉の世に「白金も黄金も玉もなにせむに子に勝れる宝しかめやも」と山上憶良は詠んだ。あらゆる制度、経済、文化などの改善・改革に先立って、種族維持のモラルが強く生きている社会が、最も賢いこれからの社会であろう。
7.おわりに
我が家を振り返ると一男一女に恵まれはしたが、かならずしも孫の世代は、無事につながっていけるか、心もとない。日本民族のいやさかを祈るが、我が家も幸せの訪れることを願ってやまない。
最後に、人類が増えすぎると地球が持たない、と心配性で遠慮深く考える人のためにひとこと。科学者の故オニール教授(プリンストン大物理)は、「宇宙まで進出した人類は200兆人まで殖える」と計算しているのだ。がんばろう。
(以上)(約5000字)
平成23年8月17日
約90行*55字=5000字
1.「子沢山・若返りの国土を」(百華寄稿:平成21年11月)
子沢山・若返りの国土の構想を;百華寄稿(随想)
子沢山・若返りの国土の構想をー貧乏も覚悟の国民ビジョン
平成21年9月2日
天本俊正
(東京大学経済学部;昭和40年卒業)
1.はじめに
福岡から上京組の高校同窓生もみな老いた。集まると意気上がらぬ世間話ばかりだが、孫がいる奴が滅多にいない。娘・息子の結婚が進まず、孫を産んでくれぬ。自分の墓もあやしいもので、散骨かという。何かおかしく、悲しくないか。もやもやと反発したい気持ちがわく。
男女共同参画白書の調査で「夫は外で働き、妻は家庭」に賛成する割合が減少している、という。評論家などは男女共同参画法制定から10年の「成果」が現れている、という。筆者には、出生率が1.29という再生産不可能水準に停滞し、今世紀中に日本民族半減、来世紀に絶滅ともいわれるなかで、憂うべき風潮にしか思えない。
成人女性が、4人5人の子供を産むベビーブームの再来を今こそ国民挙っての課題にしなければならない。旧建設省OBで長期ビジョンの策定に携わった小生には、昨今の「少子高齢化社会」を唯々諾々と受け入れ、国家経済・文化の、その実、衰亡の道を覆い隠す世相の動きになんともやりきれないものを感ずる。
老いぼれの戯言に近いが、わが国の採るべき人口政策(社会思想)、財政・経済政策の方向を論じてみたい。この総選挙の結果は、政治も大きく変わることになった。民族再生の論議を期待したい。
2.人口政策(社会思想)
なぜ戦後の日米欧に世界的なベビーブームが起きたのか、確たる論証はできていない。昨今の先進国、新興国での出生率の低減の要因も決め手はない。筆者は、女性の職場進出が、もちろん社会的にプラスの評価の面が強いが、同時に晩婚化、少子出産の強い要因になっていると思う。
昭和16年1月閣議決定の「人口政策確立要綱」には、日本民族の誇りを尊び、出生力高揚のための婦人労働のあり方、堕胎の禁止、産児制限の抑制などがあげられていた。今、平成でもまずこの政策の踏襲を考えてみるべきだ。男性と女性では社会的役割も自ずから異なってしかるべきで、伝統的に歴史的に男性の優位な職場環境があるのはやむをえないし、日本の女性は、少なくとも家庭の場では断然、強い立場にある(ちなみに我が家の実感は独裁政権下・・・)。
女性が、政治的に対等はもちろん、教育・研究・科学・文化などの分野での活躍は当然。ただ、4〜5人の育児を行い、家庭を守っていくのが、普通の一般女性の大役であるならば、「夫は外で働き、妻は家庭」は当然の社会規範である。マイナス的にとらえる男女共同参画法の体系は一日も早く撤廃すべきだ。20歳超の女性の就業をむしろ抑制し、また就業者には婚姻を勧める、そういう企業社会の倫理が、社会として助長されるべき時にある。大学も女性の就学期間は、在学中結婚を前提に倍の8年でも12年でもいいではないか。「お母さんから大臣、博士、社長」がいい。
数学者・藤原正彦氏は「恋愛結婚は日本人に不向きな形式、見合い結婚の復活が少子化対策に役立つ」(週刊新潮21.6.4)としている。そのとおり。日本民族の培ってきた文化、習慣、風習などがどんどん廃れつつあるのは、いかがか。行政の出る幕はなかなか難しいかもしれないが、少なくともまず、男女共同参画や、行き過ぎた個人主義助長の行政関与をやめるべきだ。最近は、プライバシー保護とかにかこつけて人と人とのつながりを希薄にさせるファッショ的行政関与が多すぎる。角が立ちすぎる。地方自治は、国民生活の基盤作りの諸施策について民族再生へ方向切り替えを早く行うべきだし、政治も指導性を発揮すべきときにある。企業に出生力確保の就労条件をのませる、例えばことぶき退社の奨励、子育て終了後の再雇用、子育て中の柔軟な勤務条件などを奨励・促進するのは、立派な政治・行政の仕事だろう。
3.財政・経済政策
家族・親族、地域のつながり、職域のまとまりが希薄になり、それが国の福祉政策の役割を大きいものにしている。しかし、福祉が肥大するがゆえに家族・地域・職場のつながりが薄くなっている面も強い。個人主義の行き過ぎにもつながるものが出てきている。小生個人も、弱い存在でいよいよとあれば国の福祉にすがりたい気持ちも正直あるが、やはりそれはだめなのだと一生懸命打ち消そうとしている。みんなそんな思いなのだろう。
老後を公的年金、介護保険、いよいよとなったら生活保護を国民すべてが当てにするようになっては、国は終わりだ。それが最近の日本の財政の破綻の最大の理由となっている。公的年金は、民営化に転換すべきである。自己責任で老後を組み立てる。その姿勢が、家族・地域・職域などの人と人との繋がりを強いものにする。家族を作り子孫をつないでいく、その糸を切るような福祉の肥大は、たとえ選挙の票を失うとも、国の政治は主張してはいけない。福祉予算を大幅に削減すること、これこそ国民の自覚を促す、そして出生力も回復する秘策だ。
それにしても800兆円の国債ほかの国の借金はどう考えるべきか。国の借金も、多くてもそれに見合う国家資産、国民資産がきちんと対応していれば不健全とはいえまい。福祉のために、利子を払うために国債を無制限に発行することは許されない。国家には、国富というものがある。公的な国富調査も行われている。国富の中で中央政府が影響を及ぼしうる範囲で、国債の量的制約を課すことにすべきである。建設国債、資源国債、特許などのソフトに着目した国債、文化資源,リサイクル資源などに使途・目的を限定し、経済の振幅にあわせて国富も内容、評価等が変化するものであるから、その管理に適正を期すべきである。現在、国民の貯蓄は、都市銀行などを通じてあらかた国債に化けており、国債が「紙切れ」に変貌する可能性は大いにあるのだ。賢い財政当局を国民自身が自分のこととして考え出さない限り、泣きを見る。
金本位制ならぬ「国富」本位制で国債・通貨を管理すべきだ。福祉のための赤字国債は原則許されない。今すぐにでも年金会計での赤字国債は中止すべきだし、場合によっては中央政府の管理からはずして道州制設立の暁には、各道州に年金会計の管理を暫時まかせ、年金民営化につないでいくべきである。国家に生活の基本をみてもらうなどのさもしい姿は、私有財産制と自由を尊重する国柄にあうものではない。国家の管理がきちんとしていることと出生力も強い家族基盤の確立は、民族繁栄の両輪である。
女性労働の一定の制約(家庭つくり・育児第一)は、日本経済の労働力の一時的減少を招き、また、そもそも今の少子化傾向から来る労働力不足、現在の中堅世代の気迫不足などから、日本の中期的経済は、残念ながら後退に次ぐ後退かもしれない。それでもいいではないか。家族・地域・職域の基盤が若返り、文化や科学・教育などで諸外国に遅れをとりさえしなければ、それでいいではないか。気概をもって独立・日本でやっていければいい。それが、貧乏覚悟の国民ビジョンである。
4.平成の御世の若返り
今年は、平成天皇ご即位20年の記念すべき年である。国民こぞってともかくも平和裡に暮らしができていることを寿ぎたい。皇室のいやさかのために、懸案の旧11宮家の復活、皇室財産の返還(帝室林150万ヘクタール返還など)の制度改正もあってほしい。皇室の繁栄は、日本の伝統と歴史、慣習、風土の復活にも繋がり、日本民族としての再生に不可欠である。
5.おわりに
昨年9月のリーマンショックに始まる世界不況は、この半世紀の世界のあり方、考え方に大いなる反省を促しつつある。行き過ぎた市場原理主義、行き過ぎた個人主義(おかしなことに今や忌まわしく思われがちの社会主義思想に通じている)への大いなる反省だ。今こそ日本文化と日本民族の特性を国を挙げ、国民を上げてとりもどすことで、世界にユニークな存在になりうる。わが国の歴史と伝統を振り返り、そこに立脚して「産めよ殖やせよ」の国土ビジョンを持つことが、大事であろう。GNPや経済指標で不本意なことになるかもしれないが、それは覚悟の上のことにしよう。
男には女の気持ちはわからない。歴史や今までの社会が男性優位のように見えるのかもしれないが、そうではない。日本の祖神・天照大神にしろ卑弥呼にしろ男支配で乱れた治世を平らかにしてきた。女性の気持ち、プライドを満たす制度・仕組みを作るのが、日本の出生率アップの秘訣なのかもしれない。
(以上)(3800字)
2.「”70歳徴兵制”の勧め」(百華寄稿:平成15年11月)
「70歳徴兵制」の勧め;百華寄稿(随想)
「70歳徴兵制」の勧め
天本俊正
(経済学部;昭和40年卒業)
別に私は軍国主義者のつもりではない。「70歳徴兵制」、なんて馬鹿なことを・・。「アニーよ、銃を取れ」でなく「老人よ、銃を取れ」か。今、わが国の最大の課題の一つが高齢少子社会の到来である。社会政策としてきちんと対応し、国民が希望の持てる解決策を示せなければならないのだが、名案は少ない。多少風変わりでも思い切った新しい社会制度を考えて道を開くべきだろう。恥を忍んでの一つの提案である。
1.提案の主旨
70歳になった男子40万人に1年間の兵役、訓練を施す。義務制が望ましい。愛国心を養い、万一、国土が戦場になった時には、高齢者といえども最低限の防衛戦力となるよう訓練をする。平時においても後方防衛として雑務などを処理できるように、パソコン、自動車運転などの技術を習得し、看視業務など軽易な任務につく。この間の年金の支給は停止する。この制度により愛国心の高揚を図るとともに、高齢者が、体力、気力の許す限り働けるように、訓練の機会を与えるものだ。
ただ、訓練が主体で即・現役軍人となる「徴兵」は、正確な用語でない。いわば「シニア予科連」への義務入隊制度ということか。
2.制度の内容、予算など
「軍事費」での予算措置だが、年金の支給停止、医療費の節減効果を考えれば、予算はやりくりできる。国土愛護活動などをあわせ行えば、林野、環境、土木などの予算からも回せる。
ボランテアでは、しまらない。良心的兵役拒否が、ドイツでは35%あるというが、老人の生きがい、健康促進、老人医療の進歩を関連して考えれば、志願制にしても案外に参加は多いはずだ。
全国、ブロック単位程度にキャンプを新たに建設する。5万人の8箇所。これはなかなかの新都市づくりに匹敵する規模である。
キャンプ建設費2兆円、訓練指導員3万人、医者・看護婦1万人、毎年の運営費1兆円。そこそこの経済活動である。
3.制度の背景
70歳徴兵制は、必ずしも非現実的な提案でないことを説明したい。
1)スイスの国民皆兵など
スイスでは65歳まで、毎年、一定期間の兵役訓練が国民に課されている。5年伸ばせ「70歳徴兵制」だ。日本は世界最高年齢国だから70歳でもよい。
スエーデンでは、有事に全男児を徴兵し戦闘の軍務に就かせると言う。
アジアに目を転じれば、わが国の周辺国はみな国民への兵役はきつく、軍事大国ばかり。最近の報道では、マレーシアは、来年から義務兵役制度を導入、18歳の男女10万人が兵役に着くという。徴兵期間は、射撃訓練など軍事訓練1ヶ月、軍事教育2ヶ月。お隣・韓国は、20歳になれば26ヶ月の兵役の義務を皆が負う。日本は、それでも15万人の精鋭の自衛隊員(志願)があって、超高齢者40万人の訓練を行う軍事的な必要性など毛頭ない、というのが防衛関係者の「反応」であることは容易に想像がつく。訓練を引き受けるなどの余裕もないであろう。しかし、戦争の形態は、国際テロを主とするものに変わりつつある。国民防衛の観点からも、高齢化国家の日本が、高齢者の具体の防衛参加を検討すべきと考える。
2)アメリカ・ルーズベルト大統領は、世界不況対策として、国土保全隊を作った。失業に悩む若者の参加を呼びかけた。この1930年代の制度は現実には、短期間、狭い範囲でしか行われなかったが、不況に打ちひしがれる国民の意気高揚には十分だった。平成不況が長く尾を引いている日本で、この時期に、国民意識の高揚を図る方策を考え出すべきなのだ。老後の生活に不安を持ち悩んでいる、あるいは悩むことになる高齢者(なぜなら年金制度の崩壊は遠からずやってくるから)を救う道を探るのは当然の政治課題であり、ここでいう兵役制度に限らず、超高齢者の就業、ボランティアなどの活動を社会的に助長していく制度を考え出すべきだ。
3)年金制度が崩壊するおそれがあるのは、インフレとか掛金とかはなくて、残念ながら、日本の若者・中堅層に活力が足りなさそうだからだ。若者・中堅層が、無気力世代になってしまえば、制度の良し悪しではなく、社会そのものが支えられない。そういう嘆かわしい国民精神にしてしまった責任の一端は、その父親層にあたる今の年金受給世代にある。「70歳徴兵制」で心身ともに鍛えなおして、最後まで、若者を支え、社会のために働くのが務め。実はそれが、高齢者自身にとっても幸福な生活でもある。
「働けるのに年金もらうなんて・・」「富裕者は年金を返上しろ」といった巷の庶民の気概のある意見は、多い。むしろ官僚の社会保障、医療対策の方が時代遅れなのだ。例えば、高齢者の医療費無料化などやめて、貧乏で苦労している若い世代の医療費を無料にする考え方こそ真っ当なのだ。
4.70歳徴兵制の具体的な訓練内容
1)「徴兵検査」;入隊の条件
70歳男子の全てと言いたいが、健康状態はこの年代ではあまりに格差は開きすぎている。病気のもの、はなはだ健康状態の優れないもの、それに良心的兵役拒否者も除いていい。1年間の休職も出来ない重要職にある者も免除。
4段階くらいの身体検査をして、4分の3を合格にして入隊・訓練対象にする。甲乙丙種は合格、丁種は不合格。不合格にならないよう60歳すぎたら健康づくりに励もう。
女性は高齢化しても尊重され徴兵制の対象にはならない。そもそも国防は男の仕事で、子供を産むのは女の仕事だ。
2)訓練の分類
*主として陸軍(陸上自衛隊)において行う。国内での防衛任務を想定する。
*隊員のための保健体育は老人医療の研究の集大成に則って行われる。
*初歩的、基本的な銃砲の扱いができるまで訓練する。
*自動車・特殊車両の運転技能、パソコンの収得、軍事組織行動の記録作成能力、一定の語学能力などを訓練する。目標は、万一の場合、国内での機動作戦の後衛部隊として活動できる能力を獲得すること。
*行軍訓練を行う。毎日の隊列歩行訓練は、健康を増進する。行軍マーチが流行り、つられて街行く人達の歩く姿まで皆、颯爽とすれば、なんと魅力的な街になることか。
*1年間の寄宿生活とする。
*現自衛隊の中に指導体制を作る。大学医療機関の老人医療の最高水準の参加も。
実は、私も勉強不足ですが、自衛隊でも「予備自衛官補」の制度が、最近、新設されている。自衛隊未経験者でも予備自衛官として任用される。ある地方では18歳から51歳(女性も含む)の人たちが、試験に合格して訓練を受けていると報道されている。警備や補給などに携わる「一般」は、50日の教育訓練(3年以内で)、医療や通訳に従事する「技能」は10日の教育訓練(2年以内で)をそれぞれ受けるとか。
5.徴兵制に準ずる訓練等について
正直なところ超高齢の70歳の人たちの徴兵が軍事力として役に立つはずはない。70歳にもこだわらない。国防意識を国民に広める意義の方が大切だし、高齢者の社会貢献、生きがいを助長することに意味がある。
いろいろなバリーエーションがあろう。例えば
1)ボランテア参加にとどめる。
2)国土保全隊として主として山地、海岸等の保全任務にあたる訓練部隊を自衛隊の附属機関として構成する。
3)高齢者特別雇用訓練を、参加希望者を全員対象にして、厚生労働省の事業として創設する。あるいは団員不足に悩む消防団を一部、構成する。
などなどの移行形態が考えられる。
6.あとがき
日本の高齢化問題の解決は、現状の制度の拡充の上では図れず、「70歳徴兵制」のような抜本的な国民制度の創設によってしかかなえられない。ある意味では死にいたるまで働きたい、役立ちたいという日本民族特有の死生感を反映した制度ともいえまいか。花は散りギハ…といいます。蛇足ながら、少子化対策についても小生は、民族として子孫を殖やそうという気概が肝要で、福祉充実などは、逆効果。出産の奨励、人工中絶の禁止などとあわせて、イエ制度の再生など日本の歴史と伝統に則った家族・地域・国づくりを進めなければ少子化は止まらない、と思っている。
実は、この「70歳徴兵制」のアイデアは、もう何年も小生の頭にあって、飲むたびごとに友人たちに話し、そのつど顰蹙をかってきたもの。だんだん自分自身がこの年齢に近付くと放言もしにくくなってきている。ただ、健康だけは維持して「丙種合格」ぐらいにはなりたいと思うこの頃です。
(以上)
3.「母なき国は暗し」(百華寄稿:平成20年11月)
母なき国は暗し:国土計画に出生力復活の政策を
@
母なき国は暗し;百華寄稿(随想)
母なき国は暗し=国土計画に出生力強化を
天本俊正
(東京大学経済学部;昭和40年卒業)
1.はじめに
大正の終わりに九州大学教授の河村幹雄は詠んだ。「母恋うる心に人は泣くものを母のなき世の近づくくらし」当時、大正デモクラシーで、家庭を出て社会生活を希求する女子が多くなり警句を発したものだ。ある研究会の機関紙で最近、読んだのだが(「国民同胞」平成20年2月:小柳左門氏)、近年のわが国の出生率が人口再生産の水準を大きく切った1.29という憂うべき状況とイメージが重なり、考えさせられた。
人口学や民俗学、地政学の素養などないので、旧建設省OBで国土計画に多少、携わった役人の端くれとしてある種の感慨として一文を起こしてみたい。
2.成り立たない21世紀の日本のビジョン
小泉内閣の最後に内閣府は「21世紀ビジョン」を有識者懇談会でまとめて公表した。数年たった現在、忘れ去られている。2020年にもなると日本の経済的国力は中国に追い抜かれ、さらに2030年にもインドにも抜かれる、といった基調の中で、国民に夢を与えるビジョンがそもそも無理だった。世界と日本のGNP将来推計は、ゴールドマンサックス推計をなぞっている。
国のビジョンの基礎は、国土計画である。戦後日本の国土計画は、重工業の産業振興、土木建築のインフラ整備が柱であった。高度情報時代の国土計画は、ソフト路線が、下敷きとなり、宗教、民族、文化・科学なりが柱となるべきだが、そもそもの社会基盤たる家族、地域、職場が確立していることが前提である。その前提が壊れていることが、最も問題だ。
人口出生率の低下は日本のみではない。最も著しいのは、韓国、シンガポールであり、中国、ヨーロッパである。イスラム国家は、人口増が社会に定着しており、人口増圧力によって世界の中での存在感を強めている。出生率の増減の社会的機構の科学的解明は、なされていない。小生の独断と偏見は、西洋文明を担ってきた個人主義の行き詰まり、家族の崩壊、とくに女性の職場進出に低出生率の最も大きな原因がある、とみる。女性の政治的権利、教育を受ける権利、さらには大部分の経済的権利について、今の時代、男女の間に法的、社会的差異を設けることを主張するのでは毛頭ない。だが、出生率の向上、家族靭帯の強化、民族のまとまりを考えると、おのずと生物としての差異にもとづく男女の社会的役割が異なってくることを社会秩序の中に、適切に和ましていくべきだ。少なくとも最近、立法化した「男女共同参画法」のような倒錯した法規範は是正すべきである。大きく言えば、西洋文明のもつ個人主義的哲学を、国民レベルで社会思想の主流ではなくすべきだと思う。
さて、国土計画が、そのような大それた提案を取り込みうるのだろうか?
3.国土計画が出生力回復のための政策をどう提唱するか
個人の自由、思想信条の自由など現代日本にしみこんだ規範を前提にしながら何をどう、提案できるか、考えたい。
韓国の例は面白い(読売18.11.20)。保険福祉省は、放送作家協会などと協力、テレビドラマを通じ、国民の結婚意識を高め、出生率を高めることとし、まずセミナーから始めたとある。「結婚しないキャリアウーマン」を肯定的に描くテレビドラマの影響が大きいからだ。
赤子のオシメを取り替える「ミス日本」嬢のコマーシャルなど想像できない。子供を3人も4人も抱えては美しい水着姿もありえまい。会社の若い男にいちゃいちゃされる女子社員のほうが面白そう。女性の「理想像」が、民族存続につながらない間違ったものになっているのはなぜか?
個人主義の行きすぎか、資本主義で人間を労働力としかみないからか、はたまた社会思想・科学技術文化の発展の当然の結果なのか。しかし、民族滅亡になっては、どんな弁明も許されるものではあるまい。少なくとも今の動きとは別の動きを社会全体で追い求めてみる必要がある。
「女性は産む機械」とか言って大臣の首が飛び掛ったりしたが、あえて小生なりに国土計画的政策を、勝手に上げてみよう。
4.民族再生のための国土計画・試論
1)家族が社会基盤であることを再認識し、基本ルールを戦前に戻す。民法を改正し、家制度の復活に近いルールを公認する。家族による扶養義務を強める。
小家族化・核家族化を制度のうえで食い止め、反転させるため、例えば3親等以上にまで扶養義務を広める。戸籍制度を一層、厳格に運用する(例えば3世代表示に戻す)。所得税制度は、扶養親族の多いものに対し格段の優遇措置に改正する。相続税も原則、廃止する。
これらの諸制度の改善は、血縁の意義を強め、結婚・出産・育児における女性の偉大なる役割を社会的に再認識させることになろう。
2)安易な福祉から自立・血縁共助へ。公営年金は、民営化する。老後を国の面倒に頼ろうとする現行のわが国の年金制度は、私有財産制を国是とし、自由と民主主義を標榜する国柄の恥としなければならない。年金は、国の直接管理から離れ、民営、地域、職場、そのほかの多様な制度によって、支えられるものに揺り戻すべきだ。
国は、定年制を廃止し、働ける高齢者に適切な職場仕事を創造、保障しなければならない。
社会主義的色彩の強い福祉制度は、家族を軽視している。女性も尊ばれているとはいえない。「男に負けない女」とは、「女」を下に見ているからではないか。女権拡張主義(ウーマンリブ)は、古い。
3)歴史、伝統尊重、文化重視をあらゆる国づくり・地域づくりの基本とする。
日本の民族の特長・機微を日常的に国民が認識しないで、家族を産み育て伝えていく機運は興りえない。歴史と伝統の尊重は、最先端技術の取り込み、巨大インフラの整備などを排するものではない。
4)移民の受け入れを積極化する。日本民族の歴史・伝統の尊重があれば、はじめて海外から有為の人材を多く日本国内に受け入れることが可能になる。世界の成長は、西欧文明でない文明が、これから背負っていくことになろう。日本は孤立化することはない。
5)畏れ多いが、ご皇室の繁栄を国民こぞって願う心を強め、具体の制度改善策などを早急に講ずべきである。戦後、占領軍により無理やりに臣籍降下をさせられた旧11宮家の復活を行なうべきである。皇室財産も返還すべきであり、国有林も帝室林に一部返還すべきである。成田国際空港も敷地の皇室返還によりロイヤル空港にすべきだ。靖国親拝も復活いただく。
6)家族基盤の復活は、結局は、愛国心の復活につながり、国家権威の尊重にもつながる。社会風潮の安定化は、軽薄な女権運動、「男女共同参画法」などの誤った社会立法が、おのずと国民の支持を失っていく、基本である。
以上のような、国土計画の基本の策定と実行により、今の出生率1.29といった憂うべき状況を、一昔二昔(10年20年)で、正常な民族再生の姿に取り戻せるのではないか、と小生は、予見する。夢想ではない。
5.おわりに
「貧乏人の子沢山」こそ日本の21世紀の国土計画の標語にふさわしいのかもしれない。少子高齢化社会などの言葉を決して甘受せず、多子若齢化社会を築き、できれば経済的にも世界に伍していけるような社会になってほしい。
私事で恐縮だが、昔、小生も結婚式は、丸君丸子さん方式でやった。両親にすまないことをしたと今になり反省している。大学で経済学は、エコノメトリックスを学び、計画経済などありえないと思いつつ学んだが、思想的には戦前の日本は、間違っていたと思い込まされていた。ウオ―ギルトインフォメーションプログラム(日本人に戦争犯罪の意識を植え付ける占領軍の計画)に洗脳されていたのだ。
今、閉塞感ただよう日本を見るにつけ、日本民族が長い時代をかけて培ってきた社会規範を、その本質に即した正しい姿に戻すことが必要だと思う。
国土
プロジェクトする想い;国土計画はもういらないのか
(百華寄稿)
天本俊正
東京大学経済学部
昭和40年3月卒業
((株)天本俊正・地域計画21事務所)
1.はじめに
平成不況「失われた10年」は、15から20年になりつつある。公共投資が抑制されているのは不可解千万。日本列島に目立った開発プロジェクトの姿が少ない。東京都心再開発と東名リニアくらいだ。プロジェクト逆境の時代をどう考えるか。旧建設省OBで国土計画にもかかわった人間として、最近、考えることをランダムにとりあげてみたい。国土計画10原則*を考えたが、その中のいくつかと結びつけてみる。
2.八つ場ダムと男女共同参画法の廃止
*国土計画は、ハード(施設系)ばかりでなくむしろソフト(ネットワーク、文化など)が、いっそう大事になってきている。
*国土計画は、経済的なものばかりでなく、文化、生活にかかわるものもあり、むしろその比重は高まっている。
昨年(平成21年9月)政権交代があってこの方面の話題としては、関東・利根川の八つ場ダムの本体着工中止の「事件」がある。大きなプロジェクトは、工事期間も長いが懐妊期間も長い。八つ場ダムも戦後間もない頃に構想され、計画され,用地が手当てされ、関連先行事業が行われてきた。数十年の時代の検証を経てきている。最後段階の本体着工中止にはいかにも無理がある。政治的な意味合いが強すぎる。
よく公共事業は、一度、計画したらやめない、官僚主義の弊害などといわれるが、河川関係で中止された超大事業でも、日本運河(伊勢湾ー若狭湾を結ぶ)、千歳川放水路(北海道)などあり、利根川も沼田ダムは構想だけで終わった。八つ場ダムは、長い時間を経て成熟して本体着工に漕ぎ着けている。機関としての国はダム建設を中止するにしても、関係都県、地元は必要となれば都県連合での着工竣工、管理移管になろう。道州制のさきがけだ。そうなれば、それはそれで政治的に意味のある解決であろう。
「コンクリートから人へ」も国土計画論から言えば、ひどいフレーズだ。国土計画は、超長期の国土つくりを扱うのだからハードばかりでなくソフトも大きな課題だ。例えば、戦後の農地解放、都市への人口集中には、土地所有権の確立が、重要な超長期的課題であった。土地所有者の数は、昭和20年代の数百万人から今や4000万人にまで膨れ上がり、私有財産制の自由経済の根本をなしている。戦前の家制度は、社会の安定、民族の繁栄に好都合の制度であったが、敗戦、占領軍の思想統制の結果は、この60年をへて、家制度の思想は、ほんの芽吹程度にしか残っていない。過剰な個人主義、マルクス文化主義の権化のような男女共同参画法という悪法体制がすでに10年、20年続いている。出生数減少を跳ね返すには、それこそ懐妊期間の長いソフトの「公共事業」として、国、地方一体になっての、家族・地域・職域基盤の再生を図る「産めよ殖やせよ」の国民運動を推進しなければならない。
3.日韓トンネルと電柱地中化
*国土計画は、プロジェクトの積み重ね。一つで長期・巨額なものもあり、小さなプロジェクトの多くの長い期間の積み重ねもある。プロジェクトにより資金がかかるものと手間・暇のかかるものとがある。
大東亜戦争の前の、日本の国鉄の3大プロジェクトのうちまだ実現していないのが、関釜トンネル(実現したのは、弾丸鉄道、青函トンネル)。韓国南部と北部九州の経済圏を一体化するのに不可欠な海峡トンネルは、わが国では政治の話題にもほとんど乗らない。韓国では大統領候補の選挙用のスローガンにあがっている。
日韓トンネルは、朝鮮海峡・対馬海峡200キロを海底トンネル・巨大橋梁でつなぐもので、高速道路、リニア鉄道のほか、エネルギー流通、原子力発電基地、海洋牧場、産業廃棄物処理などの多目的海洋施設として21世紀初頭のアジアの巨大プロジェクトの一つになりうる。投資規模は10兆円超の規模であろう。プロジェクトの推進には日韓両国の中央政府の共同研究・調査が急ぎ必要である。
大規模土木工事に対してはなぜか国民的拒否反応が、蔓延している。JR東海が、自社投資で東名リニアを計画し(投資規模5兆円超か)、東京・押上に630メートルを越える電波塔が、建設され、国民の間にやっと「なにかやってやろう」の意気込み、期待感が、公共に頼らずに出てきたのは喜ばしい限りである。
日韓トンネルの投資規模に勝るとも劣らない公共事業が、電柱の地中化である。全国の都市の街中から電柱電線の蜘蛛の巣を追放し、青空を都市のまちまちに取り戻すには、やはり10兆円超の投資規模が必要である。太陽光発電や電気自動車の家庭充電、光ファイバーの敷設は、都市道路を交通空間ばかりでなく、情報伝達空間、エネルギー伝達空間として再生させる。
4.3000万都市圏と道州制/新国土計画
*国土計画は、総合的であるべき。自然と環境の保全、経済、生活、文化と広範な範囲にわたるべき。
*国土計画は、計画実施の体制をあわせて提案すべきである。
戦後の日本の経済成長は、中央政府と地方政府、民間と公共の激しいせめぎあいの中で培われてきた。この10年ー20年、その活力が失われてしまった。東京圏は、3000−4000万の人口・経済力を有する大都市圏としてそれなりに成長を遂げ、一人勝ちしている。他の日本の地方は衰退。アンバランスを是正するには、もう一度、日本列島を3000万大都市圏に再編成する。東北・北海道、関東、中部・北陸・近畿、中四国・九州の4地区に地域戦略本部を置く。それぞれの地域戦略本部が、日本国全体、アジア・世界に雄飛するプロジェクトや人材育成、新産業振興を競いあう。道州制もその一つの総合行政機構となろう。国と地方が一体になって、日本列島の再生を図っていかなければ、日本はアジアの発展からも取り残される。
民族としての繁栄のために「産めよ殖やせよ」のスローガンの下、家族・地域・職域の基盤の再強化を図りつつ、効率的・広域的な地域開発・都市開発の地域戦略を国としてもつ必要がある。たとえGNP指標などが落ち込んでも
民族としての出生力が強く、文化・科学が十分、国際的に先端的で内容豊かであれば、日本は独立して世界に伍していくことができる。
本年(平成22年)6月、民主党政権は、新経済戦略を発表した。エネルギー・環境、健康、アジア、観光の4本柱だが、自民党政権の経済危機対策(平成21年4月)と変わり映えがしない。むしろ小泉・竹中路線から鳩山・菅路線にかけて、いわば反民族的・反日本的経済戦略の同一延長線上にあるといわざるをえない。長引く平成不況は、リーマンショックで一層、日本の経済社会を窮地に追い込んでいる。ここは、成長でなく民族を取り戻すことでしか乗り切れない。
働き者から巻き上げて怠け者に配る社会福祉を削り、公共・民間の双方の投資を拡充する経済政策に戻る一方、教育勅語を復活して国民の道徳水準をあげるなどが、まずやるべき国民的課題である。衰退する西欧文明から脱却して日本民族の独自の文化・文明を世界に問うべきである。そういう国土計画を策定すべきである。
5.おわりに;司令塔を失った国土政策
*国土計画は、私有財産と自由を基本にする2000年の歴史を持つ日本の歴史と伝統をいかすものであるべき
21世紀初頭、日本は難しい舵取りを迫られる。国民の意識が、歴史と伝統、慣習を守り、誇りを持つものになることが何よりも必要であるが、あわせていい意味での「司令塔」も必要である。かならずしも政治の世界でなく、もっと国民統合のような存在から出るべきものだ。日本国の歴史は、天皇の治世という伝統を持つものであるが、その21世紀初頭にふさわしい「司令塔」の形は、国民が日常の生活の努力の中から生み出していけるものと期待する。衆愚政治に堕しているわが国では、政治家以外の国民運動家、宗教家、実業家などの中から出る優秀なリーダーが、挙国一致で(教育勅語からとれば、”億兆心を一にする・・”)で国家建設をリードすべきで、その中で国土計画も作られ、数多くのプロジェクトも生まれる。
・・と、大げさな「随想」になり、やや心外であり、恥ずかしいが、平成22年の今、あまりに先の光が見えない世の中で、頭にある出鱈目を吐露、お許しを請いたい。
上記以外の国土計画10原則は、次のとおり
*国土計画は、国内的なものばかりでなく、国際的なものも多く、アジアの中の日本を考えるとき。
*国土計画は、リスクの高いもの、可能性の低いものも含むのは当然である。
*国土計画は、ひとびとに夢を与えるものと覚悟を迫るものとがある。
*国土計画は、これからは保全と開発、整備と廃棄物処理とのバランスが重要である。
(以上)(約3800字)
平成22年6月24日
4.平成15年以前の「主張」の目録
平成15年のメッセージ
現在は政治活動はしていませんが、天本俊正を理解頂きたく平成10年以前のものもあえて残していますのでよろしくおねがいたします.。
平成15年9月;都市緑化に新しい法制を
国土交通省は、「都市公園法」と「都市緑地保全法」を統合し、
都市の緑化に地方公共団体のみならず、市民団体やNPO、地域など幅広い階層の参加を求めるための法改正を準備している。
都市に自然があふれるほど必要なことが、認識されてきて証拠であろう。大いに国民的議論を呼び、一日も早い法改正を期待する。
(天本俊正;平成15年9月20日)
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天本俊正後援会発行「かちがらす」よりの抜粋です
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